バブリン生誕
親父は、国分寺に家を買って
結婚生活が始まりオレ が生まれた。
オレは、病院ではなく、お産婆さんに
取り上げて貰った。
夜明けと同時に生まれて新聞紙に
包んだそうだ。
オフクロと言うのは異常な倹約家でオレは学校でも一番貧乏だった。
オレの住んでいた国分寺は立川飛行場が近く飛行機が飛ぶとテレビは映らず
駅からは遠く陸の孤島のような所、学校の生徒の3分の1が都営の民生。
あとの3分の1が公団に住んでいるという、結構きつい地域だったんだけど、
そんな中でも「一番貧乏なのは誰か?」と聞いたら、
全校生徒がオレの事を言うほど惨めな思いをしていたんだ。
残業が月100時間を越えるほど働いていた親父はいい人だけど家には寝に帰ってくるだけで
家の事はオフクロにまかせっきりだった。
それが、夫婦だと思っていたようだ。
オレは、学校が休みになれば、母の実家(山梨の田舎)に預けられ口減らし
夏休みのラジオ体操、プール教室は参加した事がない
家族で外食だ、映画だの旅行へいったり、遊んでいる時缶ジュース飲んだり、
スナック菓子をかったり、野球の道具、学校指定の文具を買う事なんて夢の話だった。
決して家に金がない訳ではない、オフクロの異常な倹約のせいで
惨めな思いしていたのが分かっていたからオレはグレたね。
とかく子供の世界って乞食みたいな格好をしていると虐められるもの、
対応策としてオレは、柔道を習って腕力をつけたんだ。
市でやってる200円の月謝の所に通って、
小学生迄の少年の部で、黙祷の号令をかけ師範の横に座る師範代。
道場はもちろん地域でも敵無し状態だったんだ。
1歳 ジイちゃんの家
4歳の誕生日に叔母から
パトカーのおもちゃをプレゼント